Summer Happening in D.B. Island
(1998年6月)
Summer Happening in D.B. Island
- 1 -
見渡す限りの青空、白い雲、眼下には雄大な海原が広がっている。
ここは常夏の島、どんぶり島の上空。カラッとした日差しが、やけにまぶしい。
そんな何事もない、穏やかな空を、2匹の妖精が雲間を泳ぐようにしながら、楽しそうに舞っている。
1匹はつむじのあたりに少々クセがあり、髪の色はレモンイエロー。空に大きな円を描いてみたり、わざと雲の中に飛び込んでみたりと、からだいっぱいに飛び回っていて、見るからに元気そうな女の子といった感じ。名前はV・Ca(ブイ・カ)。ブイちゃんと呼ばれている。
もう一匹も髪型には特徴があり、色はラベンダー。全身の余分な力を抜いて、リラックスした状態でゆったりと空を舞っている、そんな印象を受ける。ただ、視線は遠くを見たような感じで、表情もパッとしていない。本当に楽しんで飛んでいるのかどうか、この子の場合、少々疑問である。名前はL・Fo(エル・フォ)。エルちゃんと呼ばれている。
互いに背中には2対の羽根があり、絶えずせわしなく羽ばたき続けている。また、服装は簡単なワンピースといった感じで、宙を舞う度にたなびく裾が、けだるい夏の日差しにほんのり清涼味を与えている。
そんな2匹の妖精から、会話が聞こえてきた。
「ねぇ、ブイちゃん」
エル・フォは、さっきよりも表情を曇らせてブイ・カの方を向く。
「どうしたのエルちゃん? 元気、なさそうだよ」
ブイ・カは、そんなエル・フォの顔を見て、少々不安げだ。
「あたし、今度の日曜もまた上手くいかないんじゃないかと思うと、なんだか……」
エル・フォは、胸のあたりに軽く手を当てて、自分の中の不安と、一生懸命戦いながらそう言った。
「エルちゃん、大丈夫だって! 今度こそ上手くいくよ」
ブイ・カは、エル・フォの手を握って、相手の目をしっかり見ながら言った。
しかし、エル・フォはそのままうつむいてしまった。
頬を、涙が伝っている。
「あたしたち、何年生きてると思ってるの? 3000年よ、3000年! それなのに、一度も上手くいった試しがないじゃない! …あたし、限界よ!」
エル・フォは、そう言い放った後も泣き続けた。
そんな言葉を聞いて、ブイ・カは困惑している。そして彼女のこころも、エル・フォのように不安定になってしまいそうだった。
「だけど…」
ブイ・カは、ふと、そう声に出した。
「だけど、もしあたしたちがここで諦めたら、ギャプラのお嫁さんは誰が見つけるの? …あたしたちしかいないじゃない。だからがんばろっ! ねっ!」
ブイ・カも目にうっすら涙を見せてはいたが、そんな弱気な気持ちを押し込めて、エル・フォを励ました。
すると、エル・フォはうつむき顔を上げて、人差し指で涙を拭った。
「そうよね、あたしたち生まれたときからギャプラと一緒だもんね。それなのに、あたしったらトンチンカンなこと言っちゃって……」
エル・フォはそう言うと、ブイ・カに少し笑顔を見せた。
そんなエル・フォの顔を見て、ほっとしたのもつかの間、ではさっそくといった調子でブイ・カはエル・フォの手を引っ張って、元気よく飛び出した。
「えっ? なによ!」
「いつまでもとぼけてるんじゃないの! ギャプラの夕食を探しに行くの忘れたの? さあ、行くわよ!」
「ちょっと! あんたっていつも乱暴ね! その手、放しなさいよ! …もう!」
そう言いながら、2匹の妖精は雲の彼方へ飛んでいってしまった。
Summer Happening in D.B. Island
- 2 -
日曜も思いっきり晴れ。
ここ、ビーチは大勢の海水浴客で賑わっている。
海で力いっぱい泳ぐ男の子、砂浜で貝を拾う女の子、釣りで大物をねらうお父さん、子供たちと水しぶきを上げてじゃれ合うお母さん、そしてビーチパラソルの下、肌も恋も焦がれ愛し合うアベック…人それぞれに海を満喫している様子。
そんな楽しそうな光景とはうって変わって、沖合上空には張りつめた空気が漂っていた。
「いいな~あたしも泳ぎたいな~」
ブイ・カは、遠くに見えるビーチの方を向いて、そうつぶやいた。
「あれ? ブイちゃんって泳げたっけ?」
エル・フォは、イシシシ…と意地悪な笑みを浮かべてそんなことを言ってみる。
「もう! せっかくの気分をぶち壊さないでよ! …もちろん、“泳げたら”の話よ」
ブイ・カはとんだ横やりに、ずいぶんご立腹のようだ。
しばらく、笑い続けていたエル・フォだったが、目の前に影を見つけた途端、急にシリアスな顔つきになった。
「ブイちゃん、来たわよ」
目の前には、彼女たちと同じような格好をした妖精が2匹。
相手も、表情がおだやかではない様子である。
「あたいレゾナ。そんでもって、」
「あたいがエンベ。お約束通り来てやったぜ」
レゾナとエンベという2匹の妖精は、互いに頬に傷があり、服装は迷彩服といった感じ。
ブイ・カとエル・フォは、想像よりもヤバそうな外見に、少々震えている。
「あたいら時間がないんだ。さっそく真打ち登場と行かせてもらうゼ」
レゾナは、さもかったるそうな口調でそう言った。
その言葉を聞いて、ブイ・カとエル・フォはアイ・コンタクトをとった。
「それじゃあ、あたしたちもやりましょう!」
「うん! さあ、出ておいでギャプラ!」
そうして2人は互いに向き合い、同時に何かを唱え始めた。
ところ変わって、こちらはビーチ。
沖合いの雲行きが少々怪しくなってきたので、海から引き上げてくる人が多くなり始めた。
そして、沖合上空には妖しい光が2つ、輝いている。
未確認飛行物体か、それとも花火か、はたまた真夏の恒例ユーレイさんか? ビーチは次第に騒々しくなっていた。
その時!
妖しい光に激しいプラズマが起こり、光の中心に大きな穴のようなものが開いたかと思うと、中からプテラノドンのような翼竜と、フタバスズキリュウのような首長竜が姿を現した。
妖しい光はふっと消え、空中には怪獣たちだけが取り残された。首長竜の方は引力に引き寄せられ、瞬く間に海面に落下し、大きな波を巻き起こした。
「か、か、か…怪獣だぁっ!!」
それを見たビーチの人々は、たちまち悲鳴を上げ、大パニックに陥った。
「Bi! みなさん落ち着くBi!」
と、そこへ現れたのはツインビー。
「どんぶり島に巨大怪獣現る! …か。な~んだか面白いことになりそうだな!」
悪ふざけか、本気で言ってるのか、ツインビーと話しているのは、言わずと知れたツインビーのパイロット、ライトである。海水パンツ一丁ということは、どうやら海水浴に来ていたらしい。
「ライト! 馬鹿なこと言ってないで、早くみんなを避難させるBi!」
ツインビーにそうお目玉を食らい、足早にツインビーに乗り込むライト。遅れて、ウィンビーとグインビーも駆けつけた。
「ミントが言うには、とりあえず怪獣に接近して様子を探ってみるべきだと言ってるBi!」
グインビーを介した、ミントのその意見を聞いてツインビーたちは、沖合上空へ向かった。
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- 3 -
そのころ、沖合上空も予想外の展開になっていた…!
「ギャイイイィィィー!!」
大声で奇声を発しながら、首長竜は首をしっぽをブンブン振り回し、水中で前足も後ろ足もジタバタさせて大暴れしている。
「なっ、なに? なんなのよ!?」
レゾナもエンベも、さっきまでの強気な態度はどこへやら、首長竜=フタバの奇怪な態度に、身を寄せ合い震え上がっている。
「いったい、なにがあったのよ!」
エル・フォは、レゾナとエンベにツカツカと歩み寄り、この事態の説明を要求した。
「わ…わからないわ」
エンベは、必死に首を横に振って答えたが、当然エル・フォは納得しようとしない。
「これじゃあ、あたしたちのギャプラとお見合いどころじゃないでしょ? あたしだって立場ってもん、あるんだからね。何か思い当たることがあるんなら、言いなさいよ!」
エル・フォは顔を真っ赤にして、2人をにらみつけた。
レゾナもエンベも、完璧に縮こまってしまって、うんともすんとも言おうとしない。
「キイイイィィィー、キイイイィィィー!」
すると、今度はブイ・カの近くで羽ばたいていた翼竜=ギャプラが奇声をあげ始めた。
「えっ、どういうこと!?」
エル・フォは振り返り、ブイ・カの方を見た。
ギャプラがめくらめっぽう羽ばたくので、ブイ・カは吹き飛ばされまいと必死に羽ばたいている。
「エルちゃん! ギャプラ、そのフタバちゃんにつられて、おなかが空いた、待ちくたびれた、エサをよこせ、人間を食わせろってわめいてるんだよ!!」
ブイ・カは、ほとんど長年のカンでギャプラのわめき声を解釈してみんなに伝えた。
「それって、めっちゃヤバイじゃん!」
その時、その場に居合わせたもの全員がそう思った。
「エンベ、どうする?」
レゾナはエンベの耳元でそう言った。
「そりゃあ、逃げるが勝ちよ!」
エンベも耳打ちで返す。
そうして、ブイ・カとエル・フォがどうしよう、どうしようと慌てふためいている隙に、羽音を立てないように、こそこそと2人は逃げ出した!
だが…、
「そこのお2人さん、待つBi!」
不意に背後からそう怒鳴られて、ビクッと背筋を強ばらせたレゾナとエンベが見たのは、ビーチの怪獣騒動で沖合上空を調べに来ていたツインビーチームの姿であった。
「逃げようったって、そうはいかないぜ!」
ライトがそう言うと、ウィンビーとグインビーが回り込んで2人を取り囲んだ。
「とにかく、私の日曜日を台無しにしたんだから、どうしてここに怪獣がいるのか? から、全部話してもらうわよ! いい!?」
そう、ウィンビーのパイロットのパステルがきつく言うと、レゾナとエンベは渋々ことのすべてを話し始めた。
「なるほど、つまりこちらのブイ・カちゃんとエル・フォちゃん、そしてこちらのレゾナちゃんとエンベちゃんは怪獣の専属召喚術師で、理由はともあれ、ここでお互いお見合いをするはずだった。ところが、呼び出したまでは良かったが、2匹ともアイム・ハングリー&アングリー! と暴れ始めて、収拾がつかなくなってレゾナちゃんとエンベちゃんはこの場を立ち去ろうとした、とこんなところだな」
と、話のあらかたをライトがまとめ終えたところで、みんなはなんとなく一段落ついたという気持ちになって、ホッと一息ついていた。
すると、グインビーの中でミントがすごい剣幕で喋り始めた。
「バブバブバブー!」
「みんな大変だBi! 怪獣たちの姿が見あたらないBi!」
「なにっ!」
みんな一斉にビーチの方を向いた。首長竜のフタバは港を、翼竜のギャプラは都会島をそれぞれ目指して爆進中だった!!
「パステル、お前はミントとレゾナちゃんたちと港に行ってくれ、オレたちは都会島に行く!」
「オッケー!」
どんぶり島最大の危機!! 怪獣たちの暴走を止める術はあるのか? 人々を怪獣の魔の手から救えるのか? そして、怪獣たちのお見合いの行方やいかに!?
Summer Happening in D.B. Island
- 4 -
「しまったぁ! 遅かったか!!」
ライトが目にしたのは、人っ子ひとりいない、ガランとした都会島の姿だった。
普段、日曜のこの時間帯であれば買い物客でにぎわいを見せるこのストリートも、今となっては悪夢の後。
路上に転がる買い物袋や靴、衣服が何とも無惨だ。
「エル…ちゃん? ウソ、こんなのウソ…だよね」
ブイ・カはその光景を見まいとして、目を両手で覆い隠した。
「あたしたち、3000年もギャプラと一緒にいて、ギャプラがあたしたちの目の前で人間を食べたの、見たことある? …ないでしょ? 信じようよ、あたしたちのギャプラを信じようよ!」
エル・フォは、とにかく必死にそう言ったが、彼女自身も目前の光景に身体を震わせていた。
「とにかく先を急ぐBi! まだ可能性はあるBi!」
そうして、つらい気持ちをこらえながら先を急ぐツインビーたちだった。
一方、こちらは首長竜のフタバを追って港にやってきたウィンビーとグインビーたち…。
「どうやら、フタバが襲ったのは市場だけみたいだBee!」
グインビーのその言葉に、一同ホッと胸をなで下ろす。
「でもでも、そのあとフタバがどこへ行ったか、まだわからないBi! 油断は禁物だBi!」
ウィンビーの言うとおり、地面には目立った足跡はなく、長い時間滞在していたようでもないことは、容易に推測できた。
「フタバはこれくらいの魚や肉じゃ満足しないわ。他をあたりましょう!」
エンベがそう言うと、手掛かりもないまま一行は次の場所へ移動した。
「あ~れ~? こ~んなところでな~にやってるのかなぁ? ワルモン博士!」
「な、なんでお前らがここに?」
背後からライトに名を呼ばれ、慌てて後ろへ飛び退いたワルモン博士。よく見ると周りにいっぱいザコビーがいる。
「そんなことより、なんで貴金属店なんて縁のないところにワルモン博士がいるんだBi? ははーん、さては盗みかBi?」
ツインビーの鋭いつっこみを受けて、ワルモン博士は大慌てをしている。どうやら、図星らしい。
「ねえ、ブイちゃん」
「なあに、エルちゃん」
「どうして、この店、貴金属店なのに宝石がひとつもないんだろうね?」
「なにっ、それは本当かっ?」
ブイ・カとエル・フォの会話に真っ先に驚いたのは、なんとワルモン博士だった。
そして、手元の袋の中身を見て、空箱ばかりということに気付き、ワルモン博士はがくりと頭を垂れた。
「博士、残念だけど撤収Waru!」
そう言いながら、子分のザコビーたちはとっとと撤収をかけてしまった。そして、最後の1匹が言い残すことがあると、ツインビーの前で立ち止まった。
「そうそう、いいこと教えるWaru。お前たちが追いかけている怪獣は、この店のめぼしい宝石をくわえて、西の方へ飛び去ったWaru。あと、都会島は怪獣がくる前に爆弾騒ぎがあって、みんなどっかに避難してるWaru。そんだけWaru!」
そう言うと、あまりのショックで真っ白になっているワルモン博士を引きずりながら、そのザコビーも撤収した。
「人を食うってのは、オレたちのカン違いだったのかもな」
ライトは、胸の中に鬱積(うっせき)していた恐怖や不安が晴れて、さっきまでより安心感が高まった感じがした。それは、ツインビーも、ブイ・カも、エル・フォも同様であった。
「とにかく、ギャプラを追うBi!」
「よーし、行くか!」
そうして、西日も傾きかけた頃、どんぶり島の西側の海岸で、首長竜のフタバと翼竜のギャプラはデートの最中だった。
フタバはこの道中で蓄えた肉や魚を口移しでギャプラに与え、ギャプラはフタバに貴金属店から持ってきた宝石をプレゼントして互いの気持ちを確かめ合っていた。
そして、西日に浮かび上がる2匹のシルエットが、何とも幻想的な情景を醸し出している。
「それはいいんだけど、これっていったい何だったの?」
完全に疲れ切ってしまったパステルが、誰に聞くともなくそうつぶやく。
「3000年もの間待っていて、しびれを切らしていたのはあたしたちだけじゃなくて、ギャプラ自身もそうだったのね」
ギャプラの幸せそうな姿を見て、ホッと胸をなで下ろすエル・フォ。そして、ブイ・カが後に続く。
「ギャプラ、とっても嬉しくて、お見合いどころじゃなかったの、あたしたちわかってあげられなかったのね。でも、何とかここまでたどり着いて良かった!」
「ミントも疲れて寝ちゃったし、なんだか一件落着ってムードだから、そろそろ帰るBee!」
「そうねグインビー。さ、お兄ちゃん、帰りましょう!」
そう、パステルがさわやか~に言うと、当のライトは妖精たちにベタベタ……。
「そう、じゃあ子育てが終わるまでこっちにいるんだったら今度ご一緒にお茶でも……」
「お兄ちゃん、帰るわよ!!」
ちゃんちゃん